がんになったことをポジティブに考える

読売新聞の医療サイト「ヨミドクター」より
がんと向き合う ~腫瘍内科医・高野利実の診察室~
がんになったことをポジティブに考える
私がMさんと初めて会ったのは12年前、セカンドオピニオンを求めて私のところに来た時です。
このとき、Mさんは55歳。
乳がんで右乳房の全摘手術を受けてから2年、歩行時の痛みから大腿骨の転移がわかり、放射線治療を受けた後、抗がん剤治療を受けていました。
抗がん剤の副作用はきつく、仕事に復帰するのはおろか、大好きな編み物をする気にもなれずに、悶々と過ごしていました。
 
当時の担当医に生活のつらさを訴えても、「苦しくても抗がん剤治療を受けなくてはダメだ」と言われるだけで、それ以上相談できなかったといいます。
Mさんと私は、何のために治療をするのかを話し合い、「がんとうまく長くつきあう」ことを目標にするのであれば、今受けている治療は目標に逆行しているという結論になりました。
その後、Mさんは、抗がん剤治療をやめて、私の外来でホルモン療法と骨転移治療薬による治療を開始することになりました。
それから7年以上にわたって、Mさんは私の外来に通い、ホルモン療法と緩和ケアを受けました。
病状は長い間落ち着いていましたが、やがて骨転移が進行し、全身状態も徐々に悪化して、4年前に旅立ちました。
この間、私は、私が医師としてしたことよりもずっと大きなものをMさんからもらった気がします。
Mさんは、乳がんになってから、趣味であった編み物に本格的に取り組むようになりました。
自由な発想でイメージの赴くままに色彩を編み込んだセーターは、その色合いの美しさで評判を呼び、テレビや雑誌でも取り上げられ、表参道や銀座などで個展も開くようになりました。
私のところに来てからは、会社勤めを辞め、ニットデザイナーとしての人生を歩み始めていました。
 
「がんのおかげでこういう生活を送れるようになったと思うと、がんになってよかったのかも」
 
骨転移のために歩行は不自由で、生活は必ずしも楽なことばかりではなかったと思いますが、Mさんはいつも笑顔で、いろんなことを前向きに語ってくれました。
 
「歩くのは不自由でも、手は自由に動くし、自由な発想もある」
 
「何が起こっても大丈夫。私はもう十分に幸せだから」
 
Mさんは自分の人生を歩んでおられました。
その「人生」の大きさに比べたら、がんという「病気」は小さいものです。
さらに、「治療」というのは、「病気」との向き合い方の一部にすぎません。
しばしば、「治療」が、「人生」のすべてであるかのような思い込みをしてしまう患者さんや、医療者がいますが、それは違うと思います。
医療者は、最善の「治療」を追求しつつ、それよりずっと大きな「人生」に思いを馳せるべきですし、患者さんは、「治療」を考えるよりも先に、もっと「人生」を語ってもいいのではないかと思います。
これは、Mさんの「人生」に寄り添う中で強く感じたことです。
 
Mさんの存在は、他の患者さんにも影響を与えていたようです。
今も乳がんで私の外来に通うNさん(51)は、Mさんと入院が一緒になり、「がんになったことをポジティブに考えることを教わり、落ち込みから立ち直るきっかけになった」と言います。
 
Mさんが残した言葉や想いは、彼女が作ったセーターとともに、今も、多くの人たちの心を暖かくしてくれています。

「yomiDr.(ヨミドクター)」
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/
 

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